トリセツに学ぶ、境界線の引き方

すべからく余計なことは言わない
先日、懇意にしている女性弁護士の先生と「夫婦円満」についてお話する機会がありました。
夫婦げんかの話になり「夫婦円満の秘訣はなんでしょうか」と尋ねたところ、先生は少し考えてからこうおっしゃいました。
「すべからく余計なことは言わない」ですね
確かに、余計なことは言わない方がいい。口は災いの元。これは夫婦だけではなく、人間関係の全般に言えることだと思います。
でもなぜ、先生はわざわざ「すべからく」という強めの言葉を使われたのでしょうか。
その理由は聞きませんでしたが、先生のことだから、これは何かあるんじゃないかと。いろんな人間ドラマを見てきたがゆえの職業観というか、信念のようなものがこの言葉には宿っている・・・
大げさかもしれませんが、そんな気がしたのです。
そこで、この格言を私なりに分析してみました。
境界線
AIに聞いたところ、「すべからく」には、本来「そうするのが当然」という義務のようなニュアンスがあるとのことでした。
夫婦は距離が近くなればなるほど、甘えがエスカレートし、パートナーを自分の一部だと勘ちがいして、相手の心に土足で踏み込んでしまいます。
だからこそ一線を引く。
先生は、その線引きを「義務」だと捉えていたのかもしれません。
義務と言うと重たいイメージですが、先生が言いたかったのは、「パートナーの視点に立って、自分の言葉をコントロールしなければならない」ということだと思います。
なぜかそう思ったかというと、弁護士という職業柄、言葉一つで、いかにして婚姻関係が破綻し、取り返しのつかない事態に発展するかという家庭崩壊のプロセスを嫌というほど見てきただろうからです。
一線を引くことの大切さを知っているからこそ「すべからく」なのです。
この点、心理学でも、自己と他者の境界線(バウンダリー)が曖昧になるほど衝突が増えると言われています。親しき中にも礼儀あり。一線を引くことは、パートナーをリスペクトすることにもつながるのです。
※「一線を引く」というと「冷たい」や「拒否」といったイメージがあり、あまりいい感じがしませんので、とりあえず「境界線」として話を進めます。
西野カナさん
突然ですが、「トリセツ」をご存じでしょうか。
西野カナさんのヒット曲です。
すべからくを考えているうちに、この歌を思い出したので、事例としてご紹介したいと思います。
西野さんは「爪がきれいとか、小さな変化にも気づいてあげましょう」とパートナーの気持ちに言及しつつ、その一方で、「太ったとか余計なことは気づかなくていいからね」と主張しています。永久保証を約束する代わりに、不都合な真実はスルーしてほしいという複雑な乙女心を歌っています。
この歌はパートナーに対し、繊細かつ戦略的な境界線の引き方について、うまく表現していると思いました。
たとえば、「爪がきれいだね」や「太ったね」は単なる観察結果ですが、それを口に出したが最後、もう取り消せません。前後の文脈や発話者の態度によっても意味は異なりますが、場合によっては、相手に間違ったメッセージを送る可能性を秘めています。
とくに、「太ったね」が問題です。
「太った」という身体的変化は、本人も十分に自覚しているはずです。それを最も信頼しているパートナーから改めて言われると、たとえパートナーは単なる事実を言っただけだとしても、言われた側は「突きつけられた」と感じ、耐えがたい苦痛になりかねません(「太りたかった」というなら話は別ですが)。
この歌が言いたいことは、観察結果や事実を報告することを推奨しているのではありません。小さな変化も見逃さないほど日頃から私のことを丁寧かつ関心を持って見つめていてほしい、その上で言いたいことがあったら配慮してね、と言っているのです。
つまり、愛されている実感がほしいのです。
では、配慮したら、どうなるのでしょうか。
太った側は、気づいていないフリをする(配慮する)パートナーに気づき、その優しさを受け取ります。私に恥をかかせないように境界線を守ってくれている(2人の間の安全性を確保してくれている)パートナーに感謝し、敬意を払います。
さすが!
私の最高の理解者だ、となります。
この称賛が、パートナーに有能感を与えます。あなたはすごい人ね、と。そうしてパートナーに自信をつけさせることで、こんどはその自信が、私のことを守ってくれるのです。
この一連のプロセス(あなたから私へ、私からあなたへ)を大切にしていれば、永久保証が約束されます。西野さんの戦略は、単なる乙女のワガママではなく、パートナーのプライドを守り、自分自身も平和でいられる成熟した大人の知恵なのです。これこそ夫婦円満でいられるコツではないでしょうか。
「私たちは一つ」と「あなたはあなた、私は私」
夫婦の関係性において、私たちは一つでありたいという願いと、個としての自分でありたい、という矛盾を抱えています。
この矛盾を矛盾のままに、夫婦を幸せへと導くには、2人の間に「愛ある境界線」を引くことに他なりません。
この記事を書いた人

矢部 和也
cochi 事務局
日本キャリア・マネージメント・カウンセラー協会会員
アメリカカウンセリング協会会員
産業能率大学で心理学を学んでいる社会人学生です。夫婦の関係性について社会正義の視点で研究しています。テーマは「個人心理と社会構造から見る現代夫婦のあり方について」。夫婦の幸せを“心の問題”と“社会の仕組み”の両面から捉え、新しい夫婦の形を提案しています。


